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調和

■ 調和

日本、東京での生活を離れてから数年経つのだがこちらで生活をするようになり、
「調和」というものを物凄く感じるようになりました。
例えば動物と人間が程よくお互いを必要としていて調和し合っていたり、
人間が何かを作ってそれを人に売り、人がそれを買うという行為だったりするのだ。
庭先で放し飼いされている鶏がせっせと地面をつついて虫を食べ、
翌朝には素晴らしく美味しい卵を産んでいる。
そして余った卵をお店に卸してお客さんが買うという。
犬は基本綱なしで歩き回っており人間を癒し、家では番犬になり助け合う。

人が朝パンを焼いてパンを売ったり、バナナやオレンジを売ったり、
レストランで食事を出したり、アクセサリーを作って売ったり、海で魚を採って売ったり、
サーフィンを教えたりと皆その人に出来る事をやってシンプルに生きています。
そのコミュニティーの中だけで人々が生きていく上で必要なものが十分に揃い、
またお金が次々と人の手から人の手に円のように優しく循環して渡っていく感じが
私には想像できるのです。
なんというか、大袈裟かも知れませんがそこに暖かい調和と感謝を感じます。

もちろん日本でも必要なものは十分過ぎる位に揃うのですが、
調和がとれているかといえば私は答えに困ってしまう。
例えば洋服を買ってもあまり袖を通さず捨ててしまったり、過剰に生産したり
働き過ぎたり消費し過ぎてしまっている現状からは、
どうも調和が保たれているとは言い難い。

日本人は国の経済発展の為に戦後皆一生懸命に働いて沢山のものを
世の中に生み出して生活が豊かになったかのように見えますが、
大切な家族との時間を犠牲にしたり、働きすぎて健康を犠牲にした上で
成り立っているように思えてなりません。
社会的地位や名誉もそこに何の意味があるのでしょうか。
南米に来て思いもしなかった心の変化。それは、こちらの人達の方が
よっぽど幸せで豊かな生活をしていると感じた事でした。
家族を大切にして皆毎日をゆったりと生きている。

日本にいた時は会社勤めをしていて毎日が分刻みでピリピリしていました。
自分の人生の時間を会社という組織に捧げる事でお金にはなりましたが、
コンクリートの建物の中で10時間位働いて消耗して、更に悶々とした思いを
どこかにぶつけるかのように体に悪いアルコールを何故か体の中へ
放り込むという悪循環の中で生活をしていました。全く幸せではありませんでした。

こちらへ来て彼等と共にゆっくりとした時間を過ごしていて思ったこと。
経済的に成長したからって何の意味があるのだろう?
私は今まで日本は小国ながら世界第3位の経済大国だという事に
日本人としての「プライド」みたいなものを持っていたのですが、
今となっては「だから何?」という考えへと変化した自分に実際驚いています。

こちらの人は毎日3、4時間位働いて、ゆったり家族や友達と話して笑って
過ごす事の方が国が発展するよりも重要なのです。
彼等の方が人生の楽しみ方が上手だし、幸せなんだと思います。
お金を沢山稼ぐ人がこの世の中で偉いのですか?
誰がそうした価値観を教えているのですか?
世の中の常識にはもう付き合わない事、そして新しい価値観を持つことを
恐れない事が今後大切になってくると思っています。
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嫉妬の果て

■嫉妬の果て

今現在この国で有名なビーチタウンから約2キロ離れたローカルの
人たちが多く住む村に滞在している。Airbnbで見つけた宿なのだが、
アメリカ人男性とこちらの女性が一緒になって男の子2人の子供がいる。
子供はどうも英語とスペイン語を話すバイリンガルのようだ。
このファミリーは毎週日曜日にメキシカン料理を他の“Gringo”達
(外国人、主にアメリカ人を指す、Green Goに由来)に提供していて、
この村近郊に住むGringosがメキシカン料理をこの家の庭先へ
食べにやってくるのだが今日はどうも様子が違う。

匂うのだ。

恐らく隣で飼っている犬の糞なのか不明だが、
毎週食べにくるのを楽しみにしている人たちも今日はお持ち帰りをしていた。
この臭い環境で食べる気にならないのは仕方がない。
だが、私はきっと隣の住人がこの状況を良く思ってはいないのだろうと察した。
そう、営業妨害だ。
毎週のように集まってくる英語を話すうるさいお客、人間の嫉妬というやつも
絡んでいるのだろう。そしてこのファミリーは昨日から私達をゲストとして
受け入れている。このファミリーには「お金」が入っただろう=「うらやましい」

実際私達は世にも恐ろしい事を聞いた事がある。
この国の人たちの嫉妬は強烈なものがあることを。
あるローカルの人A が土地を所有していて、外国人に土地を高値で売却した。
そしてそれを知った他のローカルの人Bが嫉妬で殺意を持ち、
土地を売ったAを殺してしまった。人間は嫉妬で殺人を犯す

私はそれを聞いてぎょっとしたが、こうした話は実は良くあるのだそうだ。
だから今回の異臭事件も隣人の嫉妬が絡んでいるのだと思ったのだ。
この営業妨害が毎週日曜日に繰り返されるようなら既に恐ろしい事だ。
このファミリーの妻はローカルの女性だが、夫はアメリカ人。
このファミリーがこの小さな村のコミュニティーでどう見られているか、
きっと日本の農村地で起こりえる閉鎖的な事と似たようなものかもしれない。

人間から下手に嫉妬を買ってしまうと本当に恐ろしい。

最近

■ 最近

かなりブログを放置していましたが、大丈夫です。まだ生きています。
Airbnb等で家を転々とする生活を始めて早11か月が経とうとしています。
2か月程前にWorkawayというサイトに登録をしました。
そして、あるホステルで3週間程滞在して週5日間のうち毎日3時間ほど
働く代わりにホステルの一室を無料で提供してくれました。
実質家賃無料です。

仕事としては、キッチンの掃除や家の片づけ、ペンキ塗り、庭に水やり、
木を体裁したり、Airbnbに滞在しているホステルを掲載するのを手伝ったり等、
基本的に誰でも出来る仕事で毎日楽しかったです。

仕事の後は町を散策したり、ビーチから徒歩5分の距離でしたので、
ビーチを歩いたり。午後はゆっくりとした時間を過ごせました。

ホステルに泊まりにくる人達も様々で、自転車、バイク、キャンパーで
南米を横断しているカップルや家族旅行に来ている人たち等、
様々な人たちとの出会い、そして一緒に夕食を共にしたりと
仕事以上にそうした人たちからも良い刺激をもらいました。

今はそのホステルを出て、別のWorkawayでペットシッターをしています。
現在家のオーナーが2週間ほど仕事で不在にしているので、
犬にエサを与えたり、散歩に連れていったりする仕事です。

街まで往復1時間半ほどかけてビーチに行って、そこで犬の綱を離すと大喜びで
他の犬達と走って遊びます。ビーチの砂浜には多数のカニがいるので
犬がカニを追って走り、カニが作った穴に匂いをかいで掘ったりしています。

こうした生活を送っていると、今までの常識とかが段々と崩れてきます。

結局は作られた環境の中で、人間の感情までもが何かしらにコントロールされて
いたのかなと今となっては思わざるをえないのです。

チーノ

■ チーノ

先日のブログでも書いたのだが、現在ホステルに滞在している。
そこでは木曜日から日曜日にかけて人の出入りが激しいのだが、
月曜日にもなると広い館内は私達客はたまに2人きりだけになることも。
キッチンもほぼ独り占めできるし、比較的ゆったりした気持ちになる。

木曜日からバックパッカーで若い欧米人等がやってきては、
夜広い中庭のテラスで仲間同士夜遅くまでビールを交わしながら
自由に談笑していたり、客の子供達や従業員の子供達も素足で駆け回り、
ドアをばたっと乱暴に閉めたりきゃっきゃとうるさいので、
その時は仕方なく寝る時は耳栓をしている。

1週間前はある南米出身の男性と6人位の欧米人のグループがいて、
夜皆でご飯を作って食べていた。その時に南米出身の男性が
『チーノ、チーノ』(*チーノとはスペイン語で中国人の意味)と言っては
皆で笑って盛り上がっているのだ。この時私は南米出身の男性が
気の毒に思えてきたのだ。恐らく自分が“差別”されないように
中国人という人種を面白がる事で自分を取り繕っているかのように見えた。

ここのホステルの従業員に私は何度か『私達は日本出身よ』と伝えている
にも関わらず、そもそも私達のようなアジア人が珍しいのか、
彼等と話している時に“ああ、きっと例え私達が日本人であっても、
私達は彼等からしてみれば”アジア人“である事に変わりなく、
チーノ(中国人)だと思っているのだろう”と、相手の目や表情、態度から
感じ取る事もある。そう、目は口ほどに物を言うのだ。
もちろん中には、優しく毎日気遣ってくれる現地人女性もいる。

また現在隣の部屋にドイツ人家族がいるのだが、5歳程度の娘が
今朝の朝食の時に私の顔を見ながら、『彼女はアジア人だけど目が大きいわ。
でも中国人なのかな?』と家族に英語で不思議そうに話しているのである。
大人たちはぼそぼそと女の子に向かって何かを言っていたが、
こんな感じなのである。何を言いたいかと言うと、人種問題はかなり根深い。
日頃大人たちが話している事を子供がつい言葉に出してしまう事が多い。
このホステルの従業員の子供からも主人の目について、
中国人のようだと言ってくる始末なのだから相当なのだ。

だが、チーノと呼ぶ事は特に悪い事ではないとも聞く。現地人でも比較的
目の細いタイプの人がいて、そのような目を持つ現地人に向かって愛称や
ニックネームのように『チーノ』と呼んだりするのだ。だから全てが『差別的』と
とらえる必要もないのだ。だが、主人と2人で歩いているとかなり奇異な目で
見られてしまう事が多々ある。
少し面白半分で馬鹿にされている感が拭えない事から、日本人である私達が
チーノと言われるこちらとしては、どうしても良い気持ちがしない。
『私は日本人なのよ!』と大声で叫びたくなる事もある。

現地人からして、アジア人の顔をしていたら全て『チーノ(中国人)』になってしまう。
これはやはり大国である中国の絶対的な人口からしても仕方のない事であるし、
そもそも南米に移住してくる日本人が稀である事からも仕方のない事なのである。
また逆に現地人や欧米人からそこまで面白おかしく言われてしまう
中国人に対して、段々と気の毒にさえ感じてきた。
中国人であるが故に、笑われてしまう対象になってしまっている事が哀しい。
自分に自信のない人は特に、人を馬鹿にしたり差別しやすい傾向にある
と思っている。だからある意味差別する人を私は心の底で『可哀想な人』と
位置づけ思っているのだが、人間が人間を見下す行為はかなり根深い。

日本でもメディアを通して中国のバッシングが凄い事になっているので、
日本で中国や中国人に対して好意的な人はあまりいないかも知れない。
だが、それではあまりにも人生勿体ない事をしていると感じる。
人間の成長がそこで止まってしまうし、折角の様々なチャンスを
逃している事になるのだ。

人間は自分が見たり聞いたりした事を『信じる』傾向にあります。
自分が経験していなくともそれをあたかも自分が経験、体験したかのように
『信じる』のは少々残念ではなかろうか。
人間は人種である程度は教育や環境で、その人種の傾向が強く出る事はあるが、
魂の成長や優しさや愛等は出身国だけでははかれないのです。
ですが、時に人間は「■■人」と乱暴に一括りにしてしまうのです。
もしも、外国人と何かの共通言語で会話が可能であれば、
自分の心を開いて話してみる事をお勧めします。

すると自分の中で新しい感覚が生まれてくる。
今自分が持っている価値観や考え方は一体どこから来ていたのか等。

メディアで繰り返し中国バッシングをしているから、
自分も好きではなくなってしまうのですか?
嫌いになる理由を見つけるのは簡単ですが、
「好きをみつけようとする努力」をしてみませんか?
人生の新しい発見があるかも知れません。

そうしないと人生勿体ない気がするのです。

荷物

■ 荷物

今月の末で旅を開始して早半年が経つ。
夫婦の現在の持物は大きなスーツケース1つと飛行機にチェックインが
可能な小さめのスーツケース1つとバックパック2つであるが、
当初上記に追加で大きなバックパックがあった。

大きなバックパックは友人宅に洋服や香水等と共に置いてきたし、
友人以外にも家の掃除に来ていた女性にも不要な洋服をあげた。

徐々に荷物が減ってきている。

だがもっと減らしたいし、減らせるのではないかと思っている。
次の移動までになんとか大きなスーツケース分を断捨離したい。
いきなりそんなに大量の荷物を減らすのは無理かもしれないが、
先日ある事がきっかけで移動の際に1人1つのスーツケースを
ガラガラと行動するのが危険と感じたので話しておきたい。

実は大きな都市から次の目的地へ向かうのに、バスを1回乗り換えすれば
スムーズに事が進んでいくはずであったのだが、私達は少し先回りをしようと
ルートを変更してその途中駅にあるバス停でバスを待っていたのだが、
これがそもそもの過ちであった。

バス停で暫く乗り換えのバスを待つも、次から次へやってくる
目的地行きのバスがどれも一杯で暫く乗せてくれるバスはなく、
そうしている内に現地の男性がバス停にやって来て、話かけられて
他の女性達とも話していると、その男性も同じ方角に行くと言う。
20分位経って目的地方面だが、私達は途中で乗り換えが必要になる
バスにその男性と一緒に乗り込むと、彼は通路を挟んで隣の席に座った。

バスに乗り込んでから、バス係員に目的地が■■だから、
乗り換えのバス停まで来たら教えてとお願いしてあった。
一緒に乗り込んだ男性と途中色々話していたのだが、
どうも話がおかしくなってきたのだ。

バスの運転手が私達に向かって『乗り換えの場所はここだぞ』と
親切に教えてくれたのだが、一緒に乗り込んだ男性が、比較的大声で
どうも 『いや、彼等は俺の家に来るんだ』と言ったようで、
私達はあっけなく下りるタイミングを逃してしまい、
彼に言われるがままバスに乗り続けて下りるはずであったバス停から
約1キロ程先でその男性と共に下車したのだ。

バスから下車してスーツケースをガラガラして反対車線に行くと、
男性が『大きな岩で敷き詰めてていて、コンクリートは一切使ってないんだ』と
見せられたのは泉であった。自慢げに『俺が作ったんだ。』とそして、
強制的に私達に写真を撮らせた。
続けて男性が、『この丘の上が俺の家だからおいで。』と誘われたのだが、
さっき道端で会ったばかりのこの男性宅にあがるのは恐怖を覚えた。
『スーツケースも重いし、今回はと…』丁重に何度も断ったのだが怖かった。

その後男性宅の敷地前でバスを待つもなかなか目当てのバスが止まらず、
結局男性が携帯で友達のタクシーを呼んでくれて、目的のバス停まで無事
送り届けてくれ事なきを得たのだが、自分達のスペイン語の理解不足と
危機管理能力のなさと、更に空腹で色々な事にイライラがマックスであった。

自分一人だったらと考えるとかなり怖いし、今回主人と一緒であっても
バス停で会ったこの執拗な男性に私達は『されるがまま』の状態であった。
もしその男性宅に2人で入っていたら、一体何をされていたかどうか。
命の危険があったかもしれないし、身ぐるみ剝がされていたかも知れない?

何より今回の教訓は、『急がば回れ』であった。
多少時間がかかろうが、大きな都市のバスターミナルで直接目的地まで
行くバスに乗り込まなければならなかったのだが、自分達を過信してしまった。
スーツケースを持って無防備に行動する事はかなり危険だと言う事を
肝に銘じておきたい。現地の人から見れば私達は目立つ外国人で、
尚且つ大切な物が沢山入っていると想像させてしまい良い標的になるのだ。

今回は幸運にも何もなかったのだが、荷物を減らして更に気を引き締めて
自分達の身を守らねばならないと思ったのであった。
プロフィール

さくらさくら1

Author:さくらさくら1
30代、既婚、子なし夫婦です。
いつか大自然の中で動物と共に、のんびり自給自足生活が送れたら良いなと日々思いを馳せながら節約生活に励んでおります。
どうぞ宜しくお願いします!

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